春の宿


に誘い出されるように旅に出かけた。
 旅先で桜の名所をあちこち回るうち、奥山に迷い込んでしまった。
 周囲の空気が淡く桜色に染まっているのか思われるほど、満開の桜で一面埋め尽くされた山。
 帰る道もわからず、日も暮れて来て、途方に暮れていたら、近くで宿屋を営んでいるという女性に、折よく声をかけられた。
 さっそく一夜の宿をお願いすると、案内されたのは古式ゆかしい純和風建築の立派な宿だった。通された部屋も、もちろん畳の敷かれた和室。
 こわばった足を伸ばして休んでいると、少し開いた障子の隙間から、ウグイスの声と一緒に桜の花びらが、数枚吹き込んできた。
 くたくたに疲れてはいたが、今晩は部屋に居ながらにして、夜桜で一杯出来ると思うと、また心が踊りだした。